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仙台高等裁判所 昭和62年(ラ)40号 決定

抗告人

中小企業金融公庫

右総裁

荘清

右代理人

岡田威真雄

右代理人弁護士

岩渕敬

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨は、「原決定を取消し、羽入縫製株式会社に対する売却を不許可とする旨の裁判を求める。」というのであり、その理由は、別紙執行抗告状中の「抗告の理由」欄記載のとおりである。

二そこで判断するに、本件記録によれば次のとおり認められる。

1  本件競売不動産は、別紙物件目録(一)ないし(四)記載の土地(所有者小関千恵子、以下「本件(一)土地」などという。)及び同目録(五)(六)記載の工場(精密機械製造工場、債務者兼所有者福島光学株式会社、以下「本件(五)建物」などという。)であり、本件債務者福島光学株式会社は、昭和五八年一〇月一日小関千恵子から右各土地を、地代月額金二〇万円(月末払い)、賃貸期間同日から昭和六〇年九月三〇日までと定め、工場施設所有の目的で賃借し、本件(一)(二)土地上に本件(六)建物を、本件(三)(四)土地上に本件(五)建物(付属建物を含む)を建築所有(ただし、右建築時期は昭和五六年七月頃)し、右各建物でレンズの製造販売等を営んでいたが、昭和五九年九月頃から操業を停止し、以来空屋となり、右賃料も同年一〇月頃から未納の状態にある。

2  原裁判所は、昭和五九年一二月一三日株式会社大東相互銀行の抵当権等に基づく本件競売申立てにより、同月一七日本件各土地建物につき競売開始決定をし、不動産鑑定士疋田徹治を評価人に選任して右各土地建物の評価を命じたところ、昭和六〇年四月二〇日同評価人は、同月一六日現在において、本件(一)土地を四九〇万円、本件(二)土地を一九九八万円、本件(三)土地を四一七万八〇〇〇円、本件(四)土地を五四五万二〇〇〇円、本件(五)建物を一九二五万二〇〇〇円、本件(六)建物を四三五九万二〇〇〇円、以上一括して九七三五万四〇〇〇円と評価したので、同年八月三〇日原裁判所は、これに基づき、本件各土地建物を一括して売却に付することとし、その最低売却価額を九七三五万四〇〇〇円と定めた。

3  ところで、この間、原裁判所は、同年五月三一日抗告人の抵当権等に基づく本件競売申立てにより再び本件各土地建物につき競売開始決定をしたが、抗告人は、同年九月一〇日右最低売却価額決定に対し執行異議の申立てをした。そこで、原裁判所は、不動産鑑定士小橋達夫を評価人に選任し、同人に本件各土地建物の再評価を命じたところ、同人は同年一二月一八日評価書を提出したが、これによると、同月一四日現在における評価額は左記のとおりである。

(一)  本件(一)ないし(四)の各土地について

近隣地域及び類似地域における取引事例を比較検討し、福島県基準地価格「喜多方(県)九―一」を規準として標準的画地の価格を求め(一平方メートル当り一万五〇〇〇円)、この価格に個別的要因(個別的格差は、本件(一)(二)土地につき一〇〇分の八六、本件(三)(四)土地につき一〇〇分の五六)及び建付減価補正(本件(一)ないし(四)土地につき一〇〇分の九八)を行い、これに右各土地の地積を乗じて右各土地価格を算出する。そして、この価格から借地権付着による減価分(一〇〇分の二〇)を控除した額、すなわち、本件(一)土地につき五三四万円、本件(二)土地につき二一七七万五〇〇〇円、本件(三)土地につき四六四万八〇〇〇円、本件(四)土地につき六〇六万四〇〇〇円をもつて評価額とする。

(二)  本件(五)(六)の各建物について

右各建物の再調達原価を求め(本件(五)の主建物につき八万二〇〇〇円、その付属建物につき二万一〇〇〇円、本件(六)建物につき九万円)、これに経過年数(本件(五)の主建物及びその付属建物につき五年、本件(六)建物につき六年)及び観察減価法に基づく減価修正を行い(残存耐用年数は、本件(五)の主建物につき二一年、その付属建物につき一三年、本件(六)建物につき二四年、減価率は、本件(五)の主建物につき一〇〇分の二四、その付属建物につき一〇〇分の二八、本件(六)建物につき一〇〇分の二〇、観察減価率はいずれも一〇〇分の五〇)、これに右各建物の床面積を乗じた額を右各建物本体の価格とする。そして、右各建物の敷地利用権としての借地権の価格を各建築面積割合に基づいて算出し、これを右各建物本体の価格に加算した額、すなわち、本件(五)の主建物につき二四一四万三〇〇〇円、その付属建物につき四七万一〇〇〇円、本件(六)建物につき四六〇七万六〇〇〇円をもつて評価額とする。

よつて、本件各土地建物の評価額は計一億〇八五一万七〇〇〇円となる。

4  抗告人は、昭和六一年二月一二日前記執行異議の申立てを取下げた。

5  その後、原裁判所は、同月二七日小橋評価人の前記評価に基づき、本件各土地建物につき最低売却(一括売却)価額を一億〇八五一万七〇〇〇円に変更する旨及び期間入札(入札期間同年三月一七日から同月二四日まで、開札期日同月二八日)の方法でこれを一括売却に付する旨の決定をしたところ、再び、同年三月一〇日抗告人より右最低売却価額の決定に異議がある旨の申立て及び執行停止の申立てがなされたものの、そのまま手続を進め、前記のとおり、本件各土地建物につき期間入札を実施したが適法な入札がなかつた。

6  その後、原裁判所は、同年七月二三日不動産鑑定士大竹孝雄に対し、本件各土地建物につき評価命令を発し、同評価人は同年八月一二日評価書を提出したが、これによる同月六日現在の評価額は次のとおりである。

(一)  本件(一)ないし(四)の各土地について

取引事例、地価調査基準地等に比準し、近隣・類似地域の地価水準及び対象物件の個別的要因、更には競売における諸条件を考慮して更地価格を求め(一平方メートル当り、本件(一)(二)土地につき二万二〇〇〇円、本件(三)(四)土地につき一万四九〇〇円)、建付減価(1−0.05)を行つて建付地価格を、次に、借地権の発生が認められるので、これに底地割合(〇、八)を乗じて評価額を決定する。そうすると、本件(一)土地は八九二万三〇〇〇円、本件(二)土地は三六三八万六〇〇〇円、本件(三)土地は八〇四万五〇〇〇円、本件(四)土地は一〇四九万八〇〇〇円の各評価額となる。

(二)  本件(五)(六)の建物について

原価法により再調達原価を求め(一平方メートル当り、本件(五)の主建物につき八万円、その付属建物につき二万円、本件(六)建物につき九万円)、経済的残存耐用年数に基づく定額法及び市場性を含む観察減額法を併用して現価率(本件(五)の主建物につき一〇〇分の四一、その付属建物につき一〇〇分の三三、本件(六)建物につき一〇〇分の四〇)を査定し、建物本体の価格とする。そして、借地権価格は、建付地価格(一平方メートル当り、本件(五)の各建物につき一万四二〇〇円、本件(六)の建物につき二万一一〇〇円)に借地権割合(いずれも一〇〇分の二〇)を乗じて評価する。そうすると、右各建物の評価額は建物本体価格と借地権価格を加算した額となるところ、本件(五)建物(付属建物を含む)につき二三三九万六〇〇〇円、本件(六)建物につき五四六五万四〇〇〇円となる。

よつて、本件各土地建物の評価額は、一括売却で一億四一九〇万二〇〇〇円となる。

7  抗告人は、同年一一月七日執行異議の申立てを取下げた。

8  しかし、原裁判所は、昭和六二年二月二七日、本件各土地建物の最低売却(一括売却)価額を特に変更する旨の決定をすることなく、従前どおり、小橋評価人の右評価に基づいて一億〇八五一万七〇〇〇円と定めて再び期間入札の方法でこれを一括売却することとし、入札期間を同年三月一六日から同月二三日まで、開札期日を同月二七日と定めて右売却を実施した結果、右開札期日において、羽入縫製株式会社がこれを一億〇八六〇万円の入札価額で適法に入札したので、同年四月三日同会社を適法な最高価買受申出人と認めて、同会社に対し本件各土地建物を右金額で売却することを許可する旨の決定をした。

三そこで、前記最低売却価額の決定に重大な誤りがあるか否かにつき検討するに、民事執行法七一条六号所定の「最低売却価額の決定に……重大な誤りがある」というのは、評価人の評価及びこれに基づいて定められた最低売却価額が斟酌すべき事項を斟酌せず、斟酌すべきでないことを斟酌した等その額を不当とする合理的根拠がある場合、または、その額が鑑定評価の基準に著しく反し、社会通念上不相当であると認められる場合をいい、単に低廉であるというだけではこれに当らないもとの解するのが相当であるところ、本件各土地建物に関する評価人小橋及び同大竹の評価は前記のとおりであり、右両名作成にかかる前記各評価書を精査するも、右各評価額が違法な評価方法によつて算出されたものとは到底認めることができない。

ところで、抗告人は、原裁判所は本件各土地建物につき大竹評価人の前記評価に基づかず、小橋評価人の右評価に基づいて最低売却価額を定めたが、これは不当に低廉である旨主張し、その証拠として、財団法人日本不動産研究所所属不動産鑑定士佐藤薫作成にかかる昭和六〇年九月六日付不動産鑑定評価書を提出したが、右鑑定評価書は、同月四日現在における本件各土地建物中本件(三)(四)土地及び本件(五)建物に対する借地権が付着しているものとしての正常価格の鑑定評価であつて、本件(三)(四)土地の底地価格を二三二三万円、本件(五)建物(付属建物を含む)の借地権付価格を四〇五八万円と各評価したものであるところ、小橋評価人の本件(三)(四)土地の評価額計一〇七一万二〇〇〇円は佐藤評価人の右各土地の評価額のほぼ四割六分であり、小橋評価人の本件(五)建物(付属建物を含む)の評価額二四六一万四〇〇〇円は佐藤評価人の右建物の評価額のほぼ六割であつて、右各土地建物に関する限り、小橋評価人の評価額は佐藤評価人のそれに比し低額であることが認められる。

しかし、一方、民事執行制度のもとにおける最低売却価額は、それ自体適正な価格でなければならないが、その価額は、一般市場の取引とは異なり、後に入札等による自由競争原理を媒介とした価額形成を予定しているものであり、また、不動産競売は右競売手続についての知識をもつた不動産業者(卸売業者)が参加し易い市場であるから、右最低売却価額は、鑑定理論でいう正常価格を基準とすべきでなく、卸売業者が不動産物件を仕入れる場合の買取価格ないし卸売価格に近い価格を基準として決すべく、もし、不動産物件について複数の評価人から異なる価格がでた場合には、執行裁判所は、競売手続における最低売却価額の右のような特殊性、競売手続のこれまでの経過等諸般の事情を考慮して、何れが最低売却価額として適切であるかを決すべきものと解せられるところ、本件各土地建物は、通常、人の居住に供するための土地建物ではなく、精密機械製造工場の施設利用のための土地建物であつて、当初より、買受人として想定すべき者が限定されるものと予想されていたこと、本件競売事件においては、当初の最低売却価額による入札実施の際、入札者が全くなく、その後、同じ最低売却価額による入札実施の結果入札者があり、当初の入札実施から約一年以上も経過してようやく前記売却許可に至つたこと、しかし、その売却価格の右最低売却価額に対する倍率は、一・一にも満たなかつたこと、その他諸般の事情を総合勘案すれば、小橋評価人の前記評価額は社会通念上相当の範囲内にあるものというべきであつて、抗告人主張のように不当に低廉であるとは認められず、従つて、原裁判所が、大竹評価人の評価に基づかず、小橋評価人の前記評価に基づいて最低売却価額を決定したことにつき重大な誤りはないものというべきである。

四よつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人の負担として主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官伊藤和男 裁判官松本朝光 裁判官西村則夫)

抗告の趣旨

原決定を取消し、羽入縫製株式会社に対する売却を不許可とする裁判を求める。

抗告の理由

一 本件競売事件の評価人の昭和六一年八月一二日付評価によれば、本件各不動産を一括売却とする場合の評価額合計は一四一、九〇二、〇〇〇円となつている。

二 然るに原審は前記評価人の評価にもかかわらず、本件競売の一括売却による最低売却価額を一〇八、六〇〇、〇〇〇円と定めた。これは明らかに民事執行法第六〇条一項に違反し、最低売却価額の決定に重大な誤りがあるのであつて、原審は民事執行法第七一条六号により売却不許可決定をしなければならないのに売却許可決定をした。

(なお、前記評価人の評価の前に昭和六〇年四月二〇日及び昭和六〇年一二月一八日に異なる評価人による評価がなされているが、抗告人はこれらの評価があまりにも低額であることを理由としてそれらの評価額に基づく最低売却価額の決定に対し二度にわたり執行異議の申立をなし、その結果前記一四一、九〇二、〇〇〇円の評価がなされたので、執行異議を取り下げた経緯がある。)

三 抗告人は本件競売事件の差押債権者であるが、本件売却許可決定により代金が納付され配当となつた場合、上記評価額に基づいて競売がなされた場合に比べ、その配当額において約一、〇〇〇万円少なくなると思料され、抗告人の権利を害するものである。

四 よつて抗告の趣旨記載の裁判ありたく民事執行法第七四条一項第一〇条により、この執行抗告をする。

別紙物件目録

(一)所在 喜多方市岩月町喜多方字渕ノ上

地番 壱四八番

地目 宅地

地積 五弐八・〇〇平方メートル

(二)所在 喜多方市岩月町喜多方字渕ノ上

地番 壱四九番

地目 宅地

地積 弐壱五参・〇〇平方メートル

(三)所在 喜多方市岩月町喜多方字桜壇道東

地番 壱参七番弐

地目 宅地

地積 七〇五・六九平方メートル

(四)所在 喜多方市岩月町喜多方字桜壇道東

地番 壱四壱番弐

地目 宅地

地積 九弐〇・八九平方メートル

以上所有者 小関千恵子

(五)所在 喜多方市岩月町喜多方字桜壇道東壱四壱番地弐、壱参七番地弐

家屋番号 壱四壱番弐

種類 工場

構造 鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建

床面積 五五四・九九平方メートル

(六)所在 喜多方市岩月町喜多方字渕ノ上壱四九番地、壱四八番地

家屋番号 壱四九番

種類 工場

構造 鉄骨造陸屋根参階建

床面積

壱階 八九五・五七平方メートル

弐階 弐参九・参弐平方メートル

参階 壱九・〇六平方メートル

以上所有者 福島光学株式会社

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